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「ぼざろ」の複合的な聖地巡礼について

1.はじめに

講義内で、我々は様々なかたちでの「聖地巡礼」を学んだ。あのアビー・ロードをはじめとした、イギリスのビートルズゆかりの地を巡る「マジカルミステリーツアー」はまさしく音楽の聖地巡礼であり、アニメの聖地巡礼であれば、関西学院大学が位置する兵庫県西宮市は、伝説的なライトノベル及びアニメである「涼宮ハルヒ」シリーズのまさに聖地である。

「マジカルミステリーツアー」はまさしく十九世紀半ばのトマス・クックをはじめとする「大衆観光」のフォーマットであり、「涼宮ハルヒ」においては同様の観光ツアーが組まれるほか、個人での観光も盛んだ。

 国連世界観光機関によれば、観光の定義は以下のとおりである。「観光とは、個人的またはビジネスなどの目的で、日常的環境から一年以内離れて、ビジネスや余暇、その他の個人的な目的を持って主要な観光地へ旅行するものであるが、訪問した国や地域に居住して働くものは除外される」と定義されている。であれば、聖地巡礼はまさしく観光に該当すると言えるだろう。

そんな聖地巡礼であるが、それらを我々は便宜上、音楽の聖地巡礼、アニメの聖地巡礼とおおまかに切り分けている一方で、近年流行しているコンテンツでの同様のアクティビティに目を向けると、単にアニメ・漫画の聖地巡礼であるに留まらず、音楽の聖地巡礼でもあり、アニメには直接登場しない音楽バンドのそれも兼ねているように見える。このレポートでは、具体的にコンテンツの名前を挙げ、その聖地巡礼の複合的な要素について検討する。

 

2.ぼっち・ざ・ろっく!

 昨年の冬、アニメファンの間で大きく話題となったアニメが「ぼっち・ざ・ろっく!」、通称「ぼざろ」である。

「ぼっち・ざ・ろっく!」は漫画家、はまじあきが「まんがタイムきららMAX」に掲載する美少女4コマ漫画を原作とする音楽アニメだ。天才的なギターのセンスを持つが極端に内向的な少女、後藤ひとりがひょんなことからバンドを結成することとなり、紆余曲折ありつつも音楽を通じて友情を育み、成長していく物語である。

 4コマ漫画を原作としながら、アニメオリジナルの描写を交えつつ地続きのストーリーに再編したアニメは、斬新な演出から美麗な作画、完成度の高い楽曲群などが各方面で評価された。特にイギリスのゴリラズをはじめとするヴァーチャル・バンドの文法でリリースされた、作中バンド「結束バンド」の同名アルバムは上半期Billboard JAPANダウンロードアルバムチャートで首位を獲得するなど、その人気はすさまじい。

原作が4コマ漫画であり、掲載誌も同じ、そして同様に音楽がテーマであることから、あの一時代を築いた「けいおん!」に重ね合わせ現代版「けいおん!」とまで評される「ぼざろ」。その横断的な魅力は、聖地巡礼との親和性をも内包している。

「ぼさろ」の舞台は下北沢である。主人公後藤ひとりが所属するバンド「結束バンド」の活動拠点であるライブハウスSTARRYは、名前こそぼかしているものの、紛れもなくバンドマンの聖地、下北沢SHELTERがモデルとなっていることは、その風景から自明だ。他にも下北沢のどんぐりひろば公園、駅の程近くに位置するヴィレッジヴァンガードなど、作中では下北沢の各スポットが克明な描写をもって再現されている。

 下北沢以外にも「ぼざろ」の聖地は多い。バンドメンバーが観光に訪れる江ノ島、他バンドの学習を兼ねて立ち寄るバンドハウス新宿FOLTのモデルとなった新宿ロフト、少し離れて後藤ひとりの地元である横浜の金沢八景までも、数多くの場所が今や「ぼざろ」ファンでにぎわう。

 

3.「ぼざろ」と「アジカン

 ここまでで、言及しなかった重要なポイントがある。それは、「ぼざろ」は有名ロックバンド、「ASIAN KUNG-FU GENERATION」(アジカン)に大きな影響を受けているということだ。

 「結束バンド」のメンバーの苗字はみな「アジカン」から取られており、ベースの山田リョウは山田貴洋、ギターボーカルの喜多郁代は喜多健介など、その全てが一致する。主人公、後藤ひとりに至っては、タイトルにまでなっているあだ名の「ぼっちちゃん」が、「アジカン後藤正文のあだ名である「ゴッチ」とニアミスするなど、そのオマージュは徹底している。

 他にも、アニメ各話のタイトルはすべて「アジカン」の楽曲名であるし、最終話に至っては「アジカン」の楽曲である「転がる岩、君に朝が降る」を後藤ひとりがカバーした音源が挿入されるなど、もはやオマージュと呼ぶより、公認のコラボと言ってよい。

 そんな「ぼざろ」であるから、先ほど述べた聖地までもが、おしなべて「アジカン」とリンクしている。後藤ひとりの実家がある横浜、金沢八景駅関東学院大学の最寄り駅であるが、「アジカン」が結成されたのは同大学においてであるし、下北沢SHELTERは「アジカン」が初めてワンマンライブを行った場所だ。ライブハウス新宿LOFTにおいては「アジカン」主催の音楽フェスNANO-MUGEN FESの初回が催され、江ノ島はそのまま、江ノ島エスカーの名を冠する楽曲を「アジカン」は歌っている。

 メンバーの名前も同じ、そして聖地も同じ。であれば、「ぼざろ」の聖地巡礼は、まるで文献の孫引きの如く「アジカン」の聖地巡礼に等しい。最初に述べたように、音楽には音楽の聖地巡礼が、アニメにはアニメの聖地巡礼があるが、「ぼざろ」のそれは、「アジカン」と重なることでその両方の性質を併せ持つこととなる。さらに細かく言えば、「ぼざろ」の聖地は結束バンドの面々が楽曲のインスピレーションを得た場でもあり、作中曲ゆかりの地でもあるので、「ぼざろ」聖地巡礼はヴァーチャル音楽聖地巡礼であり、アニメ聖地巡礼であり、そして音楽聖地巡礼である。

 アニメファンがアニメの聖地巡礼のつもりで場所を訪れると、気付けば結果的にロックバンドの聖地巡礼も果たしていた。そんな状況が起きうる「ぼざろ」の聖地巡礼は、中々に興味深いケースといえるのではないだろうか。

 

4.おわりに

 考えてみれば、アニメは現実社会の音楽や映画など、何かしらのコンテンツをモチーフとすることは少なくない。一方で、登場人物の名前から登場する場所までそのすべてを大胆にオマージュする例はそう多くないのではないだろうか。もちろん、オマージュ元が映画やドラマであれば、同じように物語を綴る媒体である都合、あまりにも極端な模倣は盗作とみなされてもおかしくない。しかし、「ぼざろ」がリスペクトを表し参考とする音楽バンドは、そのコンテンツとしての在り方が映画-アニメ間ほど被っていない。アーティスト自身が公言はしないものの、アニメファンである歌手がアニメの内容にかなりリンクする歌を歌うことがあれば。逆も然りであったりする。このような作品という形をとったファンレターが実現しているのは、アニメと音楽のゆるく寛容な関係性があってこそかもしれない。観光とは少しずれるが、その関係性について研究してみるのも興味深いものとなるように思う。

 総括して、観光の中でも近年とりわけ流行している聖地巡礼は、実際に行って楽しめるだけでなく、研究対象とするにもおもしろいものであると感じた。普段我々が嗜むコンテンツを、いちユーザーとして堪能するだけでなく、ときにアカデミックな視点から考察することは、今まで気づかなかったものを発見するにおいて有意義であるといえるのではないだろうか。